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2012年 05月 21日

ビッグイヤー記念としてボチボチとチェルシー歴でも書いていこうかなぁと思ってます(回顧録1)

2012年5月19日(日本時間では20日)、ドイツ・ミュンヘンのアリアンツ・アレナにて、ホームであるバイヤンをPK戦の末に退け、遂にウチ(チェルシー)は、念願のビッグイヤー(UEFAチャンピオンズ・リーグ制覇)を掲げた。
いくつもの難関そして逆境を跳ね返し、ようやく掴んだビッグイヤー!
長かった・・・ とにかくココまで長かった・・・
コレがボクの正直な感想である。



ボクがこのチームを応援し始めたのは、1996-97シーズンからやから、15年前。
当時、特に贔屓なチームがなかったボクは、選手のプレーを見るのを純粋に愉しむ観方をしていた。
で、その当時のお気に入りの選手である、ジャンフランコ・ゾラとジャンルカ・ヴィアッリがチェルシーに移籍したことにより、チェルシーに興味を持つようになった。
でも、正直、ココまで(ファンとして)続くとは当時は全く思ってもいなかったわ(笑

当時のウチは、その頃からスター選手はたくさん居たし、なかなか強いチームだったと思う。
だけど、イマイチ感がどっかにあったのよねぇ。
強い時はまぁ強いけど、脆さもモノスゴイあったワケですよ。
だから、プレミアリーグ(以下PL)では優勝争い何かはできるけど、一歩足りない感じが続いてたしね。
まぁ、カップ戦は当時からワリカシ強かったから、FAカップやカップウィナーズカップなんかは獲れたりしてた。
でも、チャンピオンズ・リーグ(以下CL)には程遠い感じのチームやったねぇ。
(正直、中継なんかは今ほど充実してなかった&家にスカパーなかったんで、あんま観れてなかったんやけどね。)



で、そんなウチも、遂にCLの舞台に立つことができたのは99-00シーズン。
この辺りから、結構ガッツリ観始めれたんで、完全にノメリ込んじゃったね(笑
その頃も、選手のワリにそんなに強くなく、上記にも書いたけど、強い時は強いけど、そうでもない時はまぁ脆いのなんのってってチームでしたから、色々愉しませてくれましたよ(爆

まぁでも、上記の99-00CLなんて、結構興奮させてくれた。
当時のCLはグループリーグが2次あって、1次ではミランを抑えて堂々の1位通過やったし、2次では当時かなり強かったラツィオに続く2位通過やったし、向かえたノックアウトラウンド(トーナメント)ベスト8でバルサ相手に、1stLegのブリッヂ(ホームのスタンフォード・ブリッヂ)で3-1で勝ったしね。
ゾラのFK美しかったわ。今でも憶えてる。
で、フィーゴにブチ込まれた1点が結果的に痛かったんよねぇ。

2ndLegでは逆に3-1(1点は相手GKのミスをフロが押し込んだカタチ)となり、延長戦で2点をブチ込まれ、トータル4-6で負けた。まぁ、正直、よくやったと思った。まさかココまでやるとは思ってなかったもんな(笑
で、次のシーズンからもっとやれるようになるんかなぁ? と、期待させながらの下落ぶりが当時のチェルシーだったりするワケ(爆



そうそう、書くの忘れてたけど、当時、ことあるごとに言われたのが『傭兵軍団』(今でも言われるときあるけどねw)って言葉ね。
だって、当時キャプテンやったデニス・ワイズひとりしかイングランド人居なかったもん(笑
ワイズ居ないとフルで全員外国人(爆
で、そのワイズがキャプテンっていうのも、いろんな意味で何だかなぁ? って感じやったし、何せワイズの11番という背番号が似合わなかったのなんのって(爆
まぁ、そんなこんなでお茶目なチームやったんですよ。

当時の会長ケン・ベイツは、まぁお金の使い方が妙というかヘタクソというかね、とにかくチョットあれな感じなヒトでしてね。まぁ結構なワンマンでしたよ。
で、そんなウチは、当時からコロコロと監督を代えるチームでして、ボクがファンになった頃のルート・フリットがプレーイングマネージャを経て監督に。で、その後に妙な解任があってヴィアッリがプレーイングマネージャから監督に。で、ヴィアッリが成績不振で解任になりクラウディオ・ラニエリ(間にグレアム・リックスが少しの間代行をやってた)に。といった感じの流れでした。
まぁ、ラニエリはパッとしないながらもまぁまぁ長くやったなぁ。
リーグでは中位に沈むこともあったし、UEFAカップ(現ヨーロッパ・リーグ)では、2回戦とか3回戦レヴェルで、マッカビ・ハイファなんかに余裕で負けたりするし、と、まぁ微妙な位置が続いたワケですよ。

でも、イイ選手はまぁまぁ居たんですよ。
さっき書いたゾラ筆頭に、まぁ、全員キャリアの終わりかけってのが多かったですけど、デサイーとかルブーフとかフェレールとかペトレスクとかボジェとかル・ソーとか。あと、忘れちゃいけないのがディ・マッテオ監督ね! 中盤でそこそこエエ感じで働いてくれてましたわ。
で、働き盛りで言えばジミーちゃん(ジミー・フロイド・ハッセルバインク)も居たし、ジミーちゃんにポジション奪われたけどフロ(トレ・アンドレ・フロ)も居たし、グジョ(エイドゥール・グジョンセン)も居たし、メルヒオットとかババヤロなんかも居たなぁ。

逆に失敗だった選手も居たねぇ。
ライドルップ弟なんて何か途中で帰っちゃったし、クリス・サットンなんて大枚叩いて購入したのに酷いもんやったし、結構期待してたデシャンなんて、あんまヤル気感じられなかったし、パヌッチなんて髪型(という散髪代)が話題になった程度やったしね。
まぁ、移籍に失敗があるのは当たり前やけど、その傾向は今とあんま変わってなかったりするね(爆

殆ど移籍組みで、トレイニー上がりって当時から殆ど居なかったし。
当時に期待されてたトレイニー上がりはデュベリーがいたけど、あんまウチで出てる記憶ないし、結局は移籍したし(リーズやったっけ?)ジョン・ハーリーとジョディ・モリスも、この2人もウチで試合チョクチョク出たものの、ローンに出され、それっきり音沙汰なくなったもんなぁ・・・
残念やったん憶えてるわ。



と、いった感じで、このオナニー(笑)回顧録は、コレからボチボチ書いていきます(爆
まだ先長ぇなぁ・・・(汗


 
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by btee | 2012-05-21 17:23 | サッカー/フットボール


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